通称毒ガス島・ウサギ島。日本地図から消されていた島に行ってみた:大久野島【ぐるっと山陰山陽車中泊の旅:2日目その1】

山陰山陽車中泊の旅2015年9月

2015年9月9日土曜日。

体調が悪いながらも朝6時30分に起床して道の駅たけはらを出発。

 

広島県竹原市忠海にある忠海港から僕たちはとある島に向かいました。

 

かつて地図から消されていたという、通称毒ガス島の大久野島へ。

 

この旅記事の一覧はこちら↑↑↑です。

 

 
 

 

瀬戸内海芸予諸島の一つ大久野島(おおくのしま)

 

大久野島とは

…あ、僕があまりにもこの島を気に入り過ぎたので今回の記事ではちょっと色々と纏めています(^^;

長い文章は必要ないという方は飛ばして下に進んで下さい(笑)

 

では参ります。

 

本州にある竹原市忠海から南方沖合い3kmに位置する。ほぼ全島域が環境省所有の国有地であり、一般財団法人休暇村協会が運営する「休暇村大久野島」や「毒ガス資料館」「大久野島ビジターセンター」などがある。2010年時点での人口は22人。民家は存在せず全員休暇村の従業員。島内への一般車両は通行不可で、携帯電話・Wi-Fi(休暇村ホテル内のみ)の情報ネットワーク網は構築されている。(ウィキペディアより抜粋・編集)

 

長女
長女

へぇ…民家はないんだ!!

パパ
パパ

休暇村の従業員22人なのか。お客さんかなり多く見えたけど、その人数でやりくりしてるのはすげぇな…。

 

休暇村にはレンタサイクルを借りる為に船から降りて真っ先に寄りました。

 

肝心の休暇村の写真を撮り忘れているのでグーグルマップにて。

…やっぱこの時調子悪いですね、大切な部分の写真がないです(;´Д`)

 

この休暇村、建物こそ古いですが内部は割と綺麗です。

従業員の方も感じが良くなかなか居心地よかった記憶があります。

宿泊しなくても気軽に自転車を貸してくれます。

 

詳しくは休暇村の公式サイト↑↑↑をご覧ください。

ノーマル自転車のほか段速付き自転車・電動アシスト付き自転車・お子様用自転車(16インチ、20インチ)なども取り扱っていましたよ(*^^)v

 

 

ただ、どうにも子どもを荷台に乗せて走れるタイプが当時見当たらなかったんですよね。

なのでこの旅では次女を嫁さんと一緒に留守番させたんです。

後述するように次女が大好きそうな物が沢山ある島なので、いつかまた訪れたいところ。

 

ではでは、また堅苦しい内容に戻ります(笑)

 

毒ガス島と呼ばれる所以

大久野島は昭和初期に国内で2箇所、大日本帝国陸軍では唯一の毒ガス製造工場があった島です。

 

1929年(昭和4年)から1944年(昭和19年)あるいは1945年(昭和20年)終戦まで、秘密裏に大日本帝国陸軍によって毒ガスが製造されていました。

この時代まで島内には民家7戸・住人数10人がいて農耕を営んでいましたが、毒ガス製造が始まった時に強制退去させられたそうです。

 

作られていた毒ガスの種類は血液剤・催涙剤・びらん剤・嘔吐剤の4種。

戦争末期には風船爆弾の風船部分も作られていたそう。

 

地図から消されていた時代

戦争中は秘密の島として地図からも消されていたそうです。

周囲4キロの島には今も発電場毒ガス貯蔵庫の跡などが残り、当時の面影を残す戦争遺跡が残されています。

 

※この内容及び後述する施設の詳細に関してはひろしま竹原観光ナビから引用させて頂いています。気になる方はどうぞご覧ください。

 

日本軍が毒ガスを製造していたということは、昭和59年(1984年)まで日本ではほとんど知られていません。

 

パパ
パパ

1984年って…俺が生まれた後まで秘密にされてたって事か!?

 

化学戦の実態は慎重に秘匿され、旧軍関係者以外の日本人はほとんど事実を知らなかったそう。

 

毒ガス資料館では毒ガスを製造した過程で多くの犠牲者を出すに至ったことや、戦争の悲惨さを多くの人に伝えこの歴史を二度と繰り返さないよう、毒ガスに関する資料が展示されています。

 

では、発電場毒ガス貯蔵庫の跡などを写真と共にお送…

 

長女
長女

…な、何アレ!!?

パパ
パパ

お…、思ったより凄いなアレ。

 

施設跡の前にちょいとこちらからいってみましょう。

 

ここはうさぎの楽園!別名・ウサギ島!!

 

長女
長女

か…可愛い!!

 

 

長女
長女

可愛いけどちょっと待って、何ここのうさぎw人懐っこすぎ!!

 

島に生息する野生ウサギは全てアナウサギ。戦前および戦中、毒ガスの動物実験用にウサギが飼われていた。戦中・戦後には食用にされたという。ただし戦後の毒ガス関連処理の際に全羽殺処分されたため、当時のウサギの子孫はいない。現在生息しているウサギは、1971年に地元のある小学校で飼われていた8羽が放されて野生化し、繁殖したという説が最有力。

 

ウサギの数は2007年での調査では約300羽⇒2013年には約700羽となり⇒2018年時点では900羽を超えているそうです。(大久野島ビジターセンター調べ)

 

あとで他の写真を載せますが、とにかくそこら中ウサギだらけなんです。

しかも猛烈に人懐っこいw

あんな犬みたいな野生のウサギ、初めてみました^^;

 

因みに抱っこしたり追いかけたりしてはいけないのがこの島のルール。

人間の食べ物もあげてはいけません。

島内ではウサギのエサは売っていない(2015年9月時点)ので、自宅から用意するか港で購入すると良いかもですね!

 

パパ
パパ

そうそう。ウサギが可愛すぎて持ち帰りたいと思う方が多いそうです。どれだけウサギが可愛いといっても、野生のうさぎを持ち帰ると自然公園法や鳥獣保護法に触れ罰則があるので絶対にやめましょう。

 

さて、それでは今度こそ島内の毒ガス関連の施設を見ていきたいと思います。

 

負の遺産、廃墟と化した施設

ぐるっと回ると結構距離があって自転車でも時間がかかりました。

確か2時間くらいかかったかな?

休暇村からグルッと反時計回りに進むのがルールだったと記憶しています。

 

順番に掲載しますね。

 

まずは毒ガス貯蔵庫跡からです。

 

毒ガス貯蔵庫跡

猛毒で皮膚がただれるびらん性ガス・イペリットがここに貯蔵されていた。2つの部屋それぞれに、10トン入るタンクがコンクリートの台座に置かれていた。すぐ前にあったイペリットの工場から、管を使ってこのタンクに毒ガスが送り込まれていたという。イペリットやルイサイトなどの液体毒ガスは、内部に鉛を貼った鉄製のタンクに入れていた。

 

こうやって説明文を読むと結構生々しいですね(-_-;)

あ、ここにもウサギがいるw

 

こんな感じであちこちウロチョロしております。

 

お次は750メートルほど進みます。

海岸線沿いでしかも平坦な道が続くので気持ちいいですよ。

 

長浦毒ガス貯蔵庫跡

島内で一番大きい貯蔵庫で、今も巨大な貯蔵タンク跡とコンクリートの台座が残っている。ここには約100トン入るタンクが6基置かれていた。戦後処理の際、毒性を取り除くために火災放射器で焼き払って、黒くただれた壁画が今でもその凄惨さを物語っている。戦後、ここに残っていた毒ガスは土佐沖の太平洋に海洋投棄された。

 

この区間まで来ると結構な坂道になってきます。

自転車だとこぐのがきつくなってくるので要注意です。

 

北部砲台跡

大久野島が軍事的にクローズアップされたのは、日露戦争前の1902年に芸予要塞が設置され、大久野島に砲台が設置された時から。北部砲台にはご覧の様に8門の大砲が設置されていた。
毒ガス工場があった時代にはここに大きな毒ガスタンク(砒素を原料とするルイサイト)が置かれていた。戦後処理の際にタンクを焼却処理した為、1996年に砒素汚染が発覚し1999年に土壌を洗浄処理した。

 

この付近は見どころが沢山あります。

自転車を降りてゆっくりと見て回りながら沈黙の歴史を感じました。

 

 

 

ここにもウサギさん(^^)v

 

 

ここは建物内部に入ることができます。

何とも言えない不思議な感じでしたよ。

 

展望台への道

この時は通ることが出来ましたが、現在(2019年3月)は西日本豪雨災害の影響により山頂展望台への遊歩道は全て通行止めになっています。

 

ここは自転車では入ることが出来ません。

絶景でしたが…相当きつかったです。

 

では島の東部に進んでいきましょう。

 

火薬庫跡

 

砲台の弾薬や火薬を保管する倉庫だった。屋根がないのは、火薬が爆発した時に簡単に爆発が抜けるように作られていたため。毒ガス工場時代には化学兵器の製品置場となっていた。

 

屋根がないってなんだか不思議。

意味を理解すると成程なんだけど、雨に濡れても大丈夫なのでしょうかね?

 

ここでもやっぱりウサギさん。

 

ウサギが好きな方にとってはもう楽園ですよね。

野生なので厳しい環境の中頑張って生きている逞しいウサギなんだけど、やっぱり可愛らしいです。

 

この写真がどの部分だったのか思い出せないんですよね。

ネットで検索してもグーグルマップを見てもイマイチ分からない。

 

時系列的にこの火薬庫付近だとは思うんだけど…

分かる方もしいましたら教えて下さい_(._.)_

 

ラストは島の南東部!

 

発電場跡

毒ガス工場の電力を賄った発電場。ディーゼル発電機を重油で動かし発電していた。当初は240V発電機が3台だったが、1933年に3台・1934年には2台を増設した。さらに1941年には忠海から22KVの海底ケーブル2本によって受電し、既設の発電設備を併用して電力を賄った。敗戦前にはこの建物の中で女子動員学徒による風船爆弾の気球部分の満球テストも行われていた。

ぐるっと1周。海は相当綺麗です。

発電所前のトンネルと抜けると島内をほぼ1周したことになります。

トンネルの先は…

 

静かで美しい海。

 

今は観光客が更に増えているみたいなのでもっと人が多いかもしれませんね。

 

次の目的地へ

 

 

あまりにも大好きな場所になったのでついつい内容を濃ゆくしすぎてしまいました。

(そのせいで業務の多忙と相まってこの記事だけで2日かかってしまったw)

 

これからこの島に行く方の参考になれば幸いです。

 

さて、僕たちが島を出た頃はもうお昼。

ここから北上しながら一旦ドラッグイレブンにて副鼻腔炎用の漢方を購入した後、僕と長女は鳥取県へと進んでいきます。

コメント

  1. 日本の黒歴史的な島なんですね。
    こんなところがあったなんて。
    日本の歴史は、足を運んで学ばないとね。覚えとこ。

  2. より:

    うさぎさんたくさんなんですよね…インスタでよく見かけます(๑˃̵ᴗ˂̵)
    すっごく行ってみたいけど…動物アレルギー持ちなのでたぶん行けない( T_T)
    夢の島です(*´-`) うさぎさん生活を始める前にナニカの記事で読んで知って観光行きたいと思ったのですが…断念したのでこの記事で楽しませていただきました(^-^ )

  3. NickNick より:

    あれー、私、ここで昔キャンプしたけど、昭和54年よりずっと前だったなー。小学生のころ。
    そう言えば、小学生のころには、ここへ遠足にも行ったよー。懐かしいな。

  4. ビー玉 より:

    なんか・・・ジブリのラピュタっぽい世界!!私もここは一度行ってみたいんですよね〜!!やっぱり冬より夏の方が植物が生い茂って雰囲気あるわぁ(((uдu*)ゥンゥン

  5. marimo より:

    ウサギ島も知ってて、毒ガス島も知ってるのに一緒の島やと思ってなかった^^;
    こういう歴史大好き!!!
    なかなか行けないから見せてもらって説明書いてもらうとめっちゃ引き込まれるわ~。
    でも、15分で行けるなら小marimoの勉強がてら連れて行くのもありかも~(本心は私の大のウサギ好き( ´艸`))

  6. この島は悲しい歴史の島なんですケド、ウサギがいるので和んだりできて、そのギャップが凄い島なんですよね。( ゚д゚)ウム
    僕も大好きな島のひとつです。(僕が一番好きなのは小豆島。)

  7. pope より:

    地図から消された島!というだけでなんか行って見たい!と強烈に思いましたよ!歴史的には悲しいことが一杯詰まった島だと思うのですが、今はうさぎちゃんがそれを忘れさせてくれるかのように増えすぎちゃって困るのぉ!状態ww瀬戸内は自分にとっては心休まる海!という位置付けですので、この旅目が離せません!