パパはきょうだい児(障がい者の兄弟姉妹)。”きょうだい会”とその”親の会”は共存できない。

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#炎上覚悟 で書くと、個人的には#障がい者 の#きょうだい 、#きょうだい児 の会と#親の会 は#共存できない と思うわけ。 だって、良くも悪くも親に言うことが出来ない話をきょうだいでする場所だから。 そして親も良くも悪くも子どもの為に何かしら意見を出したいのだから。 だから、このきょうだいでお話しするという場所に親がいると出来る話も出来ないわけ。 だけど、うちの会には親の立場の人も来てくれている。 確かに、親の方の発言はパワーがあるし。 しかも回を重ねる毎に人も増えてくれているので、ありがたいのだけど。 それとは裏腹にこのままで会が成り立っていけるのか…と不安になる自分もいて。 会員もいて。 難しいなぁ…と、#現在進行形 で悩んでいるきょうだい児当事者兼会長の#独り言 でした。 次年度…どう見直していくのか。 俺は欲張りたい。 それは無理、という安直かつ手っ取り早い逃げ言葉を使わずに乗りきりたい。

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パパ
パパ

これは先日インスタにあげたものです。

記録的にブログに残したくて引用しました。

 

今回はちょっとまじめなお話。

…というか、今現在色々と悩んでいるお話です。

 

 
 

 

パパはきょうだい児

こちらのブログにはまだ移動しきれていませんが、育児ブログの方に書いている通り僕はきょうだい児です。

きょうだい児とは、障がい者の兄弟・姉妹のことを指します。

 

その辺の模様は自己紹介ページにて簡単に書いていますのでよかったらどうぞ。

年内中に元ブログからの記事を全てこちらに移行する予定なので、もう少し読みやすく纏まると思います。

 

で、ですね。

どうにもこのところ考え続けていたことがあるんですよ。

 

福岡・京築きょうだい会れんげ想

およそ3年半前。

僕は社会福祉協議会の方々と一緒に”きょうだい会”を立ち上げ、そして会長として活動を始めました。

 

最初は会員2名。

とても小さな規模ですが、きょうだい児の集まりやすい場所になればと思い活動を続けてきました。

僕自身、重度の知的障がいをもつ弟がいましてね。

幼少期から大人になるにかけてそれは色々な苦労をしました。

 

人間の闇の部分を至る所でみてきましたね。

 

で、障がい者の親の会というものは全国的に沢山あります。

しかし、きょうだいにスポットをあてた会というのは本当に少ない。

九州で機能している会は片手で数える程しかありません。

 

”きょうだい”にスポットをあてる理由

障がい者本人やその親にスポットをあてれば、それできょうだいも大丈夫じゃないか。

きょうだい だけに何故こだわる必要があるの??

そう、よく言われます。

 

でもね、親ときょうだいとは境遇が違うのです。

親には親でそれはもう残酷な程の苦労があります。

それはうちの親もよく言っていました。

 

あ、勿論それとは逆に障がい者の親だから・きょうだいだから通常では経験できない素晴らしい体験もあるんですよ。

でも、今回の記事ではそれは置いておきます。

その前提で話を書き記しますね。

 

で、親にそういった残酷な苦労があるように、きょうだいにも別にあるんです。

だけど、それって親にはちょっと言えない内容だったりもするんです。

色々な感情があって言えないのですが、僕の場合は苦しんでいる親にこれ以上負担をかけたくなくて言いませんでした。

大人になってからそんな話をふと母親にした時に、なんでそんなことをもっと早く言わなかったの?と聞かれました。

 

パパ
パパ

…言えねえんだって。そういうもんなんだって。

 

難しいところですけどね、中々言えるものではありません。

日本中のきょうだいは、同様の悩みを抱えていると聞きますし、ツイッターでもよく見かけます。

そんなきょうだいが集まって話を出来る場所が”きょうだい会”なんです。

 

僕が子どもの頃にはそういった場所がありませんでした。

もしもあったら…ひょっとしたら家出をして4年も音信不通になるような人生は歩まなかったかもしれません。

…分からないけど。

 

話は戻りますが、そんな経緯があって活動してきた”きょうだい会”。

しだいに会員は増え、他の地域で活動をしている先輩きょうだい会の方々と会う機会も出来たりと活動の幅は拡がっていきました。

 

直近ではこの時ですかね。

 

活動の幅は拡がり、親の会の方も僕たちの活動がどのようなものか気になり沢山きてくれるようになりました。

親としては、障がいの子の兄弟も”きょうだい”なので関係がある。

だから活動を聞いてみたい。

本当にありがたいお話です。

 

だけど、これが時に問題になってしまうこともあるのです。

 

”きょうだい会”とその”親の会”は共存できない。

以下、インスタからの引用です。

 

個人的には障がい者 のきょうだい 、きょうだい児 の会と親の会 は共存できない と思うわけ。

 

だって、良くも悪くも親に言うことが出来ない話をきょうだいでする場所だから。
そして親も良くも悪くも子どもの為に何かしら意見を出したいのだから。

 

だから、このきょうだいでお話しするという場所に親がいると出来る話も出来ないわけ。

 

だけど、うちの会には親の立場の人も来てくれている。
確かに、親の方の発言はパワーがあるし。
しかも回を重ねる毎に人も増えてくれているので、ありがたいのだけど。

 

それとは裏腹にこのままで会が成り立っていけるのか…と不安になる自分もいて。
会員もいて。

 

難しいなぁ…と、現在進行形 で悩んでいるきょうだい児当事者兼会長の独り言 でした。

 

次年度…どう見直していくのか。
俺は欲張りたい。
それは無理、という安直かつ手っ取り早い逃げ言葉を使わずに乗りきりたい。

 

今のこの環境、貴重かつ有難いと思っています。

これを崩したくはない。だけど…継続をしていくのは難しい。

 

きょうだい会と親の会は、性質上相まみえることはないものだと僕は解釈しています。

しかし…

実はもう答えは出ているんです。

なのでこの記事で意見を頂きたいわけではないのです。

…そっと、見守って下されば。そう願っています。

 

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パパはきょうだい児、真実版を描きます

数年前にも僕の幼少期から大人になるまでのお話は書きました。

 

主に、弟が障がいがあると知らなかった時代。

そこから就職・結婚とおよそ世界中のきょうだいに降りかかる共通の壁であるだろう内容を書き記しました。

 

しかし…あれは簡易版です。

公式ブロガーという特質上、かなりオブラートに包んでマイルドな表現で残しています。

差別など人間の闇の感情の部分をすっ飛ばして。

 

ですが。とある人とお話したのですが、そういった部分もしっかりと残した方がよさそうなんですよね。

色々な意味で。

この意味はその時に書くことになると思います。

とりあえずはツイッターとインスタで先行公開して、様子を見ながらこちらのブログに反映。そんな感じにしようかなと。

 

こういった世界もあるのだということを、当事者として残せたらなと思っています。

その時は、是非見守って下さい。

今回はそんな記事でした。

長くなりましたが、ここまで読んで頂きありがとうございましたm(__)m

コメント

  1. ビー玉 より:

    雑記ブロガーですが、あえてあまり公にしていないことがあります。
    人間の「暗」の部分って書き出すと止まらなくなりそうで・・・だけど、人に刺さるところって、そういう「暗」の部分だったりするんですよね・・・

  2. 僕は綺麗ごとばかり言う人はまったく信用できません。( ゚д゚)ウム

    真実であるならば、ぜひ、書いておくべきなんでしょうし、僕も読んで学びたいと思います。
    ただ、イロイロ書きづらいでしょうから、無理はなさらずに。