パパはきょうだい児(障がい者の兄弟姉妹)。”障がい児は死ぬことが親孝行”…と言われた時代。

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2018年5月13日(日)に参加したきょうだい会:定例会のお話です。

 

前回記事での2月以来、3か月に1度の定例会です。

今回は次女さんを連れていくことにしました。

 

その前回記事はこちら。親の会と険悪な関係性になったあのお話ですね。

 

新たな仲間

さて、最初は人見知りモードな次女さん(笑)

 

途中までは大人しかったんですけどね、段々と馴れて来て最終的にうるさかったと思います。

色々とご迷惑をおかけしましてすみませんでした。

 

で、今回はなんと前回に引き続き更に新たな仲間の登場です。

 

 

 

 

大学院生…更に増えるΣ(´∀`;)

 

 

 

いやぁ、この年になってそんな高学歴の方とお会いする機会が増えるとは思ってもみませんでした。
人生とはホント分からんものですね。

 

控えめな感じの女の子。

 

前回仲間に加わった院生の方の友達のようです。

その方も含めて今回はきょうだい児や障がいに関わる方が総勢6名。
ここ最近人が増えてきています、嬉しいなぁ。

 

そうそう、今回は前々から参加されている障がいのお子さんを持ち、かなり精力的に活動をされているお母さんも来られたんですよね。
このブログのFacebookページにも度々コメントをくれている方なのですが…

 

僕、前回のきょうだい児記事でちょっと…いやかなり怒り気味に文章を書いたじゃないですか。

この記事の最初にも書きましたが、うちの地区の障がい者親の会のリーダーに盛大にブチ切れてしまいましてね。

その話をこちらにも聞いてほしかったのですが…時間が足りなくて中途半端に終わってしまいました。
いや~最早定例会の2時間だけじゃちょっと時間があっという間過ぎるかもしれんなぁ。

 

簡単な自己紹介をして各自最近の経過を発表。
僕は最近全然話題がないので聞きに徹します。

こういった話を聞ける機会も中々ないので非常に新鮮です。

 

そして先程の女の子のお話になったのですが…

 

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障がい者は死ぬことが親孝行。

この子は早くにきょうだいの方を亡くされていました。

 

それが恐らく10数年前。
その時、彼女や家族が周りから言われた言葉というのが

 

 

 

 

障がい者は死ぬことが親孝行。

 

 

 

一般の方からするとこの言葉ってどうなんでしょう。
僕たちは…少なくとも僕は『あぁ~、そういう時代だよね』です。

他の方も同じような反応だったので、障がいのある方に近しい人は割と同じ反応になるのかもしれません。

 

それこそ過去記事にも書いていますが、今の一定の時代の若者は義務教育内である程度障がいに関する学習をしています。

つまり、世間一般的に差別をすることは良くないと心の中では理解できている。
…それがどこまで行動に伴えているかは別ですよ?

 

これまた過去記事にも書いていますが、僕も小学生・中学生時代は無関係の大人や上級生から結構な言葉を言われています。

 

このお話なんかがそうですね。

 

そんな中…僕も大人になり福祉の仕事に携わることで差別の少ない世界を知ることが出来、過去の自分をさらけ出すことが出来るようになったのもここ5・6年のこと。

申し訳ないけど、やはり差別意識はまだまだ根強く色々なところに残っていると考えています。

 

ところが、僕たちよりも更に上の世代。
ざっくり団塊の世代前後からはこのような教育は殆どなかったと聞いています。

当時は障がい者への差別がいけないことだと一般的に浸透していない時代。
ということは…

 

その時代に障がい者への人権なんか皆無…とまではいかなくともかなり低い水準になっていたのです。

 

それを僕たちは肌で感じて覚えてしまっている。
それで上記のような反応になってしまうんです。

 

このようなこと↑↑↑が日常的におきていましたから、ね。

 

時代だからしかたがない、のかもしれない。
擁護派が少なかったのは間違いなかったですからね。
日本人は極めて多数決に流されやすい傾向にあるらしいですから。

 

まぁ差別を受けた方は『時代だから仕方がなかった』なんて中々思えませんけどね。

 

義務教育で障がい者への授業が始まり、昔に比べて擁護と差別のバランスも少しづつ変わってきました。
そんな今この時に当事者の親やきょうだいが出来ること、しなければいけないこと。

それが僕たちのきょうだい児の会の活動の今後に関わってくるのだと思います。

つづく。

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