【父との決別】きょうだい児(障がい者の兄弟)で何が悪い!!【エピソード26】

きょうだい児(障がい者の兄弟)で何が悪い


これまでのあらすじ

きょうだい児とは”障がい者の兄弟姉妹”のこと。
僕はきょうだい児です。

ここまでの”パパはきょうだい児”関連の記事はこちらからまとめて読めます。
良ければ併せてご覧下さい。

 

 
 

 

福岡京築きょうだい会れんげ想

全国で数少ない”障がい者の兄弟(きょうだい児)”にスポットを当てた活動をしています。
会長は僕、森下です。

今(2020年7月現在)は新型コロナウイルス感染予防に加えて僕が病気の為活動を自粛中。。。

 

この時↑↑↑の活動で、今回から掲載するパンフレットの内容が完成しました。
その後、福岡県の京築地域の社会福祉協議会を中心に配布が開始されています。

 

福岡県苅田町社会福祉協議会

僕たちの活動の母体となっている社協の1つです。
こちらの公式HPに僕たちの作成したパンフレットがPDFデータで掲載されています。

 

地図

参考までに、場所はこちらです。

 

お問い合わせ

093-434-3641

会に参加されたい方や気になる方はこちらの番号までどうぞ。
担当は局長の古賀さんで、”もりりんパパのページを見て電話した”と言えば話がスムーズかと思います。

 

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父との決別

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボランティア活動に参加していたのは確か半年、いや1年だったかな?

併せてスイミングで選手クラスの育成コースに通っていた時期だったんだけど、隔週の土曜日だけ休みを貰ってボランティアに参加していたからコーチに毎度嫌な顔をされていたのを覚えています。

 

あの頃は色々あったなぁ。
育成コースは楽しかったけど、その上の準選手クラスになった時になじめなくて練習を泣いて休んだり。

それを繰り返したのちに育成コースに落ちてまた楽しくなって行きだしたり。

そんな頃にボランティアに行っていた気がするから、最終的に辞めさせられたのは小学6年生になった頃だったかもしれませんね。
そのくらい記憶があやふやな時期だったりはするんですけどね。

 

イヤだったことははっきりと覚えているんです。
せっかくの様々な繋がりを断ち切られたことは相当にショックでした。

 

そして、このことが転換期となりその後数年にも渡って親父とは不仲に。決別に至ってしまいます。

歯車が、大きく狂いだした時でした。

コメント

  1. (-ω-;)ウーン なんやろ。何があったんやろ。