きょうだい児のお話
きょうだい児とは”障がい者の兄弟姉妹”のこと。
僕はきょうだい児です。ここまでの”パパはきょうだい児”関連の記事はこちらからまとめて読めます。良ければ併せてご覧下さい。
エピローグ
”障がい者のきょうだいで何が悪い”
僕は3人兄弟の長男。2つ下と6つ下にそれぞれ弟がいます。
僕のすぐ下の弟(ヒロ君)は重度の知的障がい者。(知恵遅れと自閉症)
原因は胎内にいた頃にへその緒が首に巻き付いていたことから脳への酸素が足りなかった為だと思う…と、母からは聞かされています。
精神年齢は4~6才くらい(現35才時点で)と言われており、簡単な単語を繋げて話すことはできるが、会話のキャッチボールとしてはあまり長くはできません。
計算は得意、僕自身も学生時代に公文式に通っていた関係で計算スピードはそれなりに早い方だが、それをはるかに凌駕するスピードで彼はこなすことができます。
そんな彼と過ごしてきた子ども時代。
1980年~2000年台、まだまだ学校では障がい者に対する授業などほぼなかった時代。
そして、学校の先生も含めて多くの大人たちが障がい者への差別を当たり前にしていた時代。
高齢者は特に偏見と差別が酷かった。そんな高齢者が僕は特に嫌いだった。
なのに…僕は今現在介護施設で生活相談員をしている…。
つづく。
以下、エッセイ漫画の目次一覧です。長いので10話毎に分けています。(0~44話までが第1部)
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福岡京築きょうだい会れんげ想
次のページには僕が福岡県京築地域で会長を務めてさせて頂いている”福岡京築きょうだい会れんげ想”の詳細などを記しています。
電話番号を含むお知らせフォームも用意しておりますので、お気軽にお問合せ下さい。多くの方の障がい者の兄弟(きょうだい児)会の活動への参加、お待ちしております。
電話番号を含むお知らせフォームも用意しておりますので、お気軽にお問合せ下さい。多くの方の障がい者の兄弟(きょうだい児)会の活動への参加、お待ちしております。
コメント
自分の身の回りには今は障害を持った方はいらっしゃらないのですが、以前働いていた会社(30年前)には先輩として一人いました。最初の頃は、会話するのにも注意深く聞かなければ何を言っているのか?理解するのに時間が必要でしたが、自分自身は分け隔てなく接したことがよかったらしく(退職するときにそう言われた)仲良くしてもらってました。他の同僚達は、本人から離れるといろいろ言ってましたね。ここでは書けないけど・・・上司の中にもいましたよ、おいおいいいのか?そんなことをそういう立場の人が、とかね。体験と言えばそれくらいですが、障害を持った方への偏見差別的な見方、これは日本の社会がまだまだ未熟であるということをあらわしているのだと思います。特に高齢者に多く見られるのはその方達が幼少の頃に見たり聞いたりした障害者への偏見差別が原因でしょう。他の国ではあまり見られないのではないか?とも思いますが、たとえばフィリピンなんかでは周りは障害のことはまったく気にせずみんな普通に接するし、影で色々言う人は皆無かな・・・少なくても私の周りではいなかった。もう少し余裕が、心にあればもっと思いやる気持ちがあれば障害を持つ方達のみならず、精神障害などで苦しんでいる人たちももう少し楽に生活できるのかな?と・・・思い上がり的コメントですいません!もりりんさんの判断で不適切!と思われれば削除願います!
とても続きが気になります。僕もしっかりと学びたい。( ゚д゚)ウム
私が子どもの頃、やっぱり大人の障がいのある人への差別が激しかったですね。
近所に聾唖のお兄さんがいて、でも子どもと一緒に遊んでくれるので、私よたち子どもの間では人気でした。子どもは分け隔てなく、楽しい人と遊ぶ。でも結局大人たちが、彼と遊んではいけない、と言い出した。というあまり楽しくない思い出があります。
耳が悪いから話すのも上手ではなかったけど、その代わり字がものすごくキレイで、子どもながら尊敬してたんだよなー。優しいお兄さんだった。
とりとめもない昔話ですが。
自閉症と診断されてる孫は可愛くて天使です。
愛らしくて愛おしくて・・・・・
祖父母会や授業参観も積極に参加しています。
今は学校も色々変わって、彼らは芋掘りとかレストランとか農林公園見学とか楽しい授業受けてます。
その子のペースでゆっくり勉強も進むので、普通クラスで?????授業受けるより基礎学力は
つくのではと思っています。
ばあばの立場は遠くから見守って偉かった時、褒めて褒めてご褒美・・・・
私は孫にたくさん愛されたいばあばなのです。
私の子どものころの大親友が自閉症だったんです。
外遊びが苦手だった私は、毎日その子の家に行って電車遊びをしてたんですが、祖母はいい顔しなかったですね(´-ω-`) 祖母は何につけても偏見のある人だったので、私と妹が男ではなく姉妹だったこと、母が高卒だったこと(看護学校でてるんだけどw)、私が職人の道を選んだとこ・・なんやかな文句ばかり言ってました。その反発心から、人のとことをまったく気にしない私が出来上がったので今は感謝してます。亡くなるまで本気で苦手だったけど(゚∇゚ ; )
心の闇って、誰もが持っていて。
でもさらけ出せずに生きてる。
過去とはいえ、その部分を出すのってすごく勇気がいることだと思う。
きょうだい児ってことも、介護施設に勤務していることも知ってたけど、そこの繋がりについてはパパさんの人生としてとても興味深い。
私も自分の心の闇を見つめながら読み進めようかな^^