【遺伝してしまうのが厄介で何度泣いたことか。】パパと長女は先天性表皮水疱症:その2【2020年版】

パパと長女は先天性表皮水疱症

前回の続きです。
あの頃は…。

 

そう、僕が小学生の頃。
今考えると正直意味不明な苦労をしていました。

 

 
 

 

症状を理解して貰えない苦労!!

とりあえず前置きとしてどちらが正しい、正しくないなんていうのは別問題として書きます。

 

うちの長女も次女もそうですが、今って学校への車での送り迎えは割と普通じゃないですか。

むしろ学校側が送迎者の停車位置まで教えてくれるくらいで。

 

でも当時は登下校を親に車で送迎して貰うなんてことはもはや御法度レベルだったんですよね( ̄。 ̄;)
少なくとも僕の知っている地域は、ですが。

 

そんな行動が友達にばれた日には、周りから相当言われてていました。
(先生にもチクられてたw)

 

登下校の苦難。

なのでとてつもなく足の状態が悪い時、ごく稀に母親が車で送ってくれたことはありましたが、学校の近くでこっそり他の生徒に見つからないように下車して、そこからどうにか歩いたりしていました。

 

それ以外は痛みに耐えながらひたすら頑張って歩いていた記憶があります。
低学年の頃なんてホント泣く泣く歩いていたかなぁ…。

 

両足の裏いっぱいに水疱があっての2㎞以上歩行、正直しんどかった…。

 

今なんかは逆に送迎全然オッケーといった感じで、学校敷地内の駐車場まで出入りして良かったりします。
保護者はこちらで生徒を降ろして下さい~っていうお知らせまでありますもんね、ホント時代は変わったわw

 

登下校中も割と物騒な世の中とも言われますので、その為の配慮…時代の流れに沿ったことなのかもしれませんね。

真相や根拠は分かりませんが、なんとなくそう思います。

 

後これも完全な主観なんですけど、当時の先生たちはなんて言うんでしょうかね…
スポ根主義の方が多い印象と言えば伝わるでしょうか?

そんなもんは気合いでどうにかなる的な?

 

そういう方が多かったような感じで、こちらの事情を説明してもあんまり取り合ってくれなかったんですよね。
その辺もやはり苦労したポイントの1つでしょうか。

 

時代背景もありますし、前置きで書いたように何をもって正しいとか正しくないとかではありませんけどね。
主観としてはそういった点で苦労した、というお話です。

 

遺伝してしまう苦労。

※イラストは”きょうだい児で何が悪い!?”17話より。

 

長女も僕と同じく表皮水疱症。
症状が僕と全く同じなんですよね。

前回のお話にも書きましたが、この表皮水疱症…困ったことに遺伝します。

 

これに関しては次回の記事で書きますね。
さかのぼるは何と僕の(亡くなった方の)祖母の時代のその前からです。

 

時は太平洋戦争真っ只中。
苦労レベルは僕の非ではありませぬ…(´-ω-`)

 

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きょうだい児×表皮水疱症。

 

 

こちらは上に引き続き不定期掲載中の”きょうだい児で何が悪い!?”17話から抜粋したものです。

 

気になる方はどうぞこちらをご覧ください。

 

僕と僕の弟、ヒロ君。
通学は一緒に学校まで歩いていました。

 

片道およそ40分。
弟も僕と同じく表皮水疱症だったので夏場は二人してボロボロで歩いていましたね。
てか、ひろ君は障がいと表皮水疱症のダブルパンチ。

 

正直これはないわ…、とよく思います。

 

これには母もよく嘆いています。
母が悪いわけじゃないのにね…。

 

それではまた次回に続きます!

コメント

  1. AKAZUKIN より:

    足の裏に水泡できてるのに2kmもって・・痛そう>_<
    大変な思いをされたんですね・・
    多分、痛いの、歩いてる間だけじゃないと思うんです・・。
    学校着いたあとも、痛かったんじゃないかな・・・